こんにちは。マンガを統計・研究しております牧田翠です。
TLの描写をひたすら数えて分析するという連載の第2回をお届けします。前回は時代や舞台設定など作品の背景にあるものを中心にまとめさせていただきました。今回はヒロイン&ヒーローの属性について見ていければと思います!
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分析内容
メインキャラクターであるヒロインとヒーローの属性、その中でも年齢、職業、容姿について分析していきます。
年齢や年齢差、社会的な立場
まずは年齢について。前回も述べた通り、TLは「ティーン」から離れて、社会人の年齢層が多くなっていると述べましたが、ヒロインとヒーローともに20代後半の設定が最も多くなっていました。次いで多いのは、ヒロインは新社会人くらい(23~25歳)、ヒーローは30代前半が多くなっています。また、男女ともに30代後半以降は登場することがありませんでした。
第1回で「現代オフィスを舞台にした作品が多い」ことを示しましたが、仕事を覚えた20代のキャラクターが恋愛する、という作品が多いようです。また20代後半は結婚を意識して真剣な交際相手を探す時期でもあります。現代の平均初婚年齢は女性が29.7歳、男性31.1歳(厚生労働省「人口動態統計」2022)であり、TLでも結婚などを含めた真剣な交際を求める、その後の人生を一緒に生きられる相手を見つける、というテーマもよく見られます。「強制結婚・契約結婚」などのストーリーも少なくありませんし、そういった年代が多くなることもわかります。
全体的に20代後半のヒロインが多いという話をしましたが、それは現代日本を舞台にした作品が多いからという要因も大きいようです。
「異世界転生」や「歴史・時代」のジャンルでは全体的に若くなり、10代のキャラクターも登場しています。たとえば、異世界転生では中世ヨーロッパをモチーフにした時代設定で「20歳になると行き遅れ」のような価値観が根付いている場合もあり、20代後半のヒロインを描きにくいという事情があると思われます。
また、いくつかの作品で舞台になっていた大正時代の場合、当時の平均初婚年齢は男性25.0歳、女性21.2歳であり(第1回国勢調査、大正9年)、10代のキャラクターが「結婚適齢期」として登場できるのだと考えられます。そういった意味でもTLにおいて「結婚」はひとつの大きなテーマになっているのだと読み取れます。
キャラクターの年齢差や立場についても確認していきましょう。やはり、全体的にヒーローが年上や先輩であるパターンが多くなっています。
「ヒロインが年上で、年下のヒーローに翻弄される」というストーリーもありましたが、やはり「年上のヒーローが徹底的に愛してくれる」というストーリーが王道なのでしょう。普段は頼りがいがある上司が、年甲斐もなくヒロインに夢中になっていく、というちょっとかわいい面が見えたりするのも魅力だったりもしますね。
職業から見えるヒロインへの愛の描き方
キャラクター属性の大きな要素の一つに「職業」があります。どんな生き方をしてきたのか、どんなことを理想にしているのかなどを端的に表せるものです。また「職業萌え」「制服フェチ」など、特定の職業に対して癖を刺激される方もいるのでしょう。そういった事情もあってか、完全に職業不明というキャラクターは存在しませんでした。
まずはヒロインの職業から見ていきましょう。圧倒的に「会社員」という属性が多くなっています。現代日本を舞台にした作品では、ほとんどのヒロインが普通の会社員、という設定になっていました。もちろん、若くして会社を経営している女社長や、ヤクザの妻(になってしまった)もいましたが、基本的にヒロインの設定は読む際にノイズの少ない「普通の」キャラクターになっているのだと考えられます。
異世界転生を舞台にした作品では、悪役令嬢となっている場合が多く、また大正時代を舞台にした作品では華族のお嬢様になっているものが見られ、現代日本以外を舞台にした作品では「王侯貴族」的な立場になっている物語が多く見られました。
しかし「みんなから愛されるお姫様」というより、高貴な立場であっても周りから疎まれている、という立場からスタートする設定のヒロインが多く存在していました。そんな孤独なヒロインを見出して救うヒーロー、という形で展開されるのは、形式としてはシンデレラのストーリー類型と言えるのかもしれません。
さて、ヒーローの設定としては、会社員が最も多いというのはヒロインと同様です。「ごく普通の」会社員という設定は、その肩書ではなく、キャラクターの内面を描くという意味で重宝されているのでしょう。ただ、ヒーローの職業はヒロイン以上に幅が広くなっています。この幅の広さは、ヒロインに向かう愛情をどう描くのか、その差異の表れであると考えます。
たとえば公務員。今回、統計作品内に登場した公務員は、警察官、消防隊員、自衛官、軍人と、「身体を張って何かを守る」立場の公務員で、いわゆる事務職のキャラクターではありませんでした。こういったヒーローに求められているのは、いざというときにヒロインを守れる「強さや優しさ」なのでしょう。ヒロインが火事に巻き込まれたときに助けてくれる消防士、悪い男に絡まれたときに助けてくれる警察官や自衛官など、ヒーローの強さと、ヒロインに対して抱えている愛情の大きさが描きやすい設定です。
たとえば社長。経済力を持っている、またそれを得られるだけの能力を持っているということももちろん重要ですが、多くの女性が魅力を感じるような男性がヒロインに夢中になっているということを通じて、一途さを表現しやすいキャラクター設定だと感じます。
たとえばヤクザ。一見すると怖いキャラクターで、手段を選ばない強引さがありますが、ヒロインを得るため、またヒロインを守るために必死に行動する姿を描きやすいキャラクター属性であると考えられます。
こういった職業の設定は、記号として機能することもありますが(広告などで「警察官が……」とか「若社長が……」と煽るアレです)、物語を描くための属性なのだと考えています。読んでもらうために、最初のフックとして「ドS上司」とか「絶倫社長」とか、一見してわかりやすい属性を設定しつつ、その設定は「いかにヒロインを愛するのか」という点に向かって収束されるものではないかと思います。
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ふたりの髪色、目、身長差の表現
さて、続いてはキャラクターの外見をどう描いているのかについて見ていきたいと思います。外見は内面の一番外側、なんて言われますが、マンガのキャラクターにおいて、外見は内面を示すための重要なパーツです。メガネをかけたら真面目、つり目だとキツい性格、など、そういった記号的な「お約束」の上にマンガの表現は成り立っています。だからこそ外見は真面目で優しそうなのに実は鬼畜、なんていうキャラクターも成立するのでしょう。
最初は髪の色から。グラフを見るとヒーローは黒、ヒロインは白やスクリーントーンで表現される傾向が見られます。もちろん、ここには同じマンガに登場するキャラクターの描き分け、という意味合いもあるでしょう。髪の色を男女で変えることで、たとえば後ろ姿でもどちらだか分かりやすくする、などの効果もあります。しかし男女で色の偏りが出ているということは、そこに何らかの意図などがあるのだと推測できます。
まず考えられるのは、現実の社会的な規律。女性が髪を染めることは許されても、男性が髪を染めることはなんとなく認められない、というのが現代日本社会の風潮となっています。もちろん職種や業界によっては茶髪などの明るい髪色も認められるようにはなっていますが、男性は黒髪の方が好ましい、というなんとなくの規範が存在していると感じます。そうした現実世界からの影響で、ヒーローが黒髪、ヒロインは明るめの髪を表すトーンや白で表現しているのだと思います。
引用元:『耽溺ホテル』© 弓槻みあ / 青井千寿 / 笠倉出版社
また、ヒーローが「真面目そう」という印象を示すために黒髪になっているという場合も多いと感じます。表向きは真面目そうなのに、ヒロインの前では本性をさらけ出して……なんていうヒーローは数多く存在しています。その豹変ぶりを描く小さなスパイスとして、髪の色も機能しているのだと思われます。
キャラクターの目の表現としては、正面から見た時の目頭の位置と目じりの位置で「つり目」「たれ目」を判断しました。結果を見ると、ヒーローはつり目がち、ヒロインはたれ目がち、という結果が見えました。そもそも、マンガ表現での男女で目の描き分けが違うというのもあるのですが、TLではヒーローがやや強引にヒロインを求める、というストーリーが多く、強気なキャラクター表現としてヒーローがつり目に、受け身になる表現としてヒロインがたれ目になる傾向があるのだと考えられます。
引用元:『後宮のひきこもり姫がこのたび結婚するそうです。』© いぬかいゆず / Shizuku Aimori / SHABON / 宙出版 / KADOKAWA
もちろん、ヒーローの優しさを表現したいからと、たれ目になる場合も少なくないですし、強気なヒロインを描くために、つり目になる場合もあります。そういった意味では、ストーリーに左右される要素であると考えられます。
さて、今回集計に先だって下読みをしたのですが、その時に思ったのは「ヒーローの身長がやけに高くない?」ということでした。そこで、ヒーローの身長を集計してみました。とはいっても、全ての作品に身長の数値が設定されているわけではありません。そこで今回は相対的なものとして、ふたりが並んでいる場面でヒロインの頭の位置がヒーローのどの部分に来るのかを集計しました。もちろん、作品によっては完全に横に並んでいない場合もありますし、場面によってある程度の誇張もあるため、多少の上下はあるかもしれません。しかし、多くの作品でヒロインの頭の位置はヒーローのあご以下であり、文字通りヒーローは頭一つ分以上高身長であるという結果が見えました。
引用元:『キスでふさいで、バレないで。』© ふどのふどう/ソルマーレ編集部/ハーパーコリンズ・ジャパン
現実を基準に考えると、20代後半の成人女性の平均身長157.7cmに、成年男性の平均的な全頭高(あごから頭頂部)23.2cmを足して考えると、ヒーローの身長は180.9cmよりも高い傾向にありそうです。これは20代後半の成人男性171.7cmよりも9cm以上高く、男性の中でも上位5%に入る身長です。
引用元:『おくちがエッチな弱点だって、ライバルのエリート同僚にバレてしまいました』© あわいぽっぽ / 小学館
いわゆる「高学歴、高収入、高身長」という「3高」の条件のうち、全ヒーローが共通して持っているのは「高身長」でした。もちろん低身長男子をテーマにした作品も存在はしますが、TLではヒーロー側が大きいことがほとんどで、体格差・身長差を強調したタイトルもしばしば見られることから、そうした性質のヒーローが好まれていることが読み取れます。
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まとめ
そんなわけで、今回はヒーローとヒロインの属性について見てきました。20代後半の会社員ヒロインと、やや年上で高身長のヒーローが恋愛する、という「TLあるある!」な類型が数値から見えてきました。
次回はヒーローの服装についての集計や、ストーリーを通じてどう関係性の変化するのかについて見ていきたいと思います。どうぞお楽しみに!
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